相手の会社の呼び方に迷った際、判断の軸となるルールは明快です。それは「耳で聞く言葉(口頭)か、目で読む言葉(文書)か」という伝達手段の違いにあります。
商談での対話、採用面接、電話口でのやり取りといった「話し言葉」では御社(おんしゃ)を用います。一方で、ビジネスメール、送付状、履歴書や職務経歴書、企画書、契約書といった「書き言葉」では貴社(きしゃ)を用いるのが正しいビジネスマナーです。
この厳格な住み分けが定着した背景には、日本語特有の音声構造が関係しています。「貴社(きしゃ)」という言葉は、口頭で発音すると「帰社(自社に戻ること)」「記者(新聞・雑誌の記者)」「汽車(列車)」など、日常会話で頻出する多数の同音異義語と同じ響きを持ちます。電話や対面コミュニケーションで「きしゃの発展を願い……」と話してしまうと、聞き手がどの漢字を当てはめるべきか一瞬の思考停止を生じさせかねません。
そこで、話し言葉では音で判別しやすい「御社」が定着しました。「御」を冠する呼び方は音読みにしても他の単語と混同されにくく、直接的な敬意が相手の耳へ明瞭に届きます。対照的に、書面では文字そのものに敬意が視覚化されているため、格調高い漢語である「貴社」が尊ばれてきた歴史があります。