ウィリス動脈輪の真価が発揮されるのは、脳の主幹動脈に高度な狭窄や閉塞が生じた瞬間です。高齢化に伴う動脈硬化で内頸動脈が徐々に詰まりかけた際、この環状動脈が機能していれば、反対側や後方からの血流が側副血行路(バイパス)として即座に流入し、大規模な脳梗塞の発症を未然に防ぎます。
しかし、この防衛システムそのものが進行性に破綻していく指定難病が存在します。それがもやもや病(ウィリス動脈輪閉塞症)です。
もやもや病では、ウィリス動脈輪を形成する内頸動脈の終末部が原因不明のまま両側性に狭窄・閉塞していきます。中枢へのメインルートを塞がれた脳は、血流不足を補うために周囲から細く曲がりくねった微小な異常血管網(側副血管)を無数に発達させます。脳血管撮影検査において、その微細血管群がまるで「タバコの煙が立ちのぼるようにもやもやして見える」ことからこの名が付けられました。
小児期では過呼吸(熱いラーメンをフーフーと冷ます行為、激しい号泣や笛吹きなど)をきっかけに一時的な脱力発作(一過性脳虚血発作)として現れ、成人期では耐えきれなくなったもやもや血管が破綻して脳出血やくも膜下出血を引き起こす危険性があります。命を守るはずの動脈輪が閉塞したとき、血管が命がけでバイパスを構築しようとするその姿は、人体の驚異的な適応力と脆弱性を同時に物語っています。