高見山親方の経歴と功績を振り返る上で欠かせないのが、1972年(昭和47年)7月場所における歴史的快挙です。東前頭4枚目で迎えたこの場所、高見山は13勝2敗の圧倒的成績を収め、大相撲1400年以上の歴史において「幕内最高優勝 外国人初」の金字塔を打ち立てました。
表彰式では、当時のリチャード・ニクソン米大統領からの祝電が駐日アメリカ公使によって読み上げられ、蔵前国技館は割れんばかりの大歓声と拍手に包まれました。大相撲が単なる国技の枠を越え、日米親善と国際化への第一歩を踏み出した歴史的瞬間でした。
高見山が国民的英雄となった背景には、その圧倒的な愛嬌とタレント性もあります。1970年代から80年代にかけて放送された「丸八真綿」のテレビCMは社会現象となりました。羽毛布団を両手で叩きながら、ハスキーなしゃがれ声で発した「2倍、2倍!」のキャッチフレーズは日本全国の流行語となり、お茶の間の子供から高齢者まで誰もが真似をするほどの人気を博しました。
しかし、その笑顔の裏にあったのは壮絶な努力です。外国出身力士に対する風当たりが今よりも遥かに強かった昭和の時代、言葉の壁、食文化の違い、そして相撲部屋独特の厳しい上下関係に直面しながらも、高見山は一度も弱音を吐きませんでした。幕内連続出場1425回という驚異的な鉄人記録は、怪我をしても決して休場しない不屈の精神力の証明です。1980年には外国出身力士として初めて日本国籍を取得し、相撲界に骨を埋める覚悟を固めました。