彼女の富を語る上で避けて通れないのが、インドネシア初代大統領スカルノとの婚姻関係だ。若き日の根本七保子が海を渡り、大統領の第3夫人「ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ」となったドラマは昭和の歴史に深く刻まれている。だが、巷で囁かれる「莫大な遺産だけで一生遊んで暮らしている」という言説は、事実の半分しか捉えていない。
1965年の軍事クーデターによってスカルノ大統領が失脚した際、夫人は命からがら国外へ逃亡した。スイス銀行の隠し口座や巨額の遺産分配といったゴシップは絶えなかったが、政変によって凍結された資産も少なくない。亡命先のパリで社交界の華となったデヴィ・スカルノは、残された資産を守り抜くだけにとどまらず、欧州の上流階級ネットワークをフル活用して自ら稼ぎ出す基盤を構築したのだ。