しかし、あまりにも急激なブレイクは、同時に消費のスピードを加速させた。ブームのピークが過ぎ去ると、テレビ出演のオファーは次第に減少し、かつての超過密スケジュールは嘘のように白紙へと変わっていった。
所属事務所であるワタナベエンターテインメントでの立場や、周囲からの「一発屋」というラベルは、少なからず精神的な重圧となっていた。東京での露出が激減した背景には、自身のキャラの強さゆえにバラエティ番組でのトークへの順応に苦戦したことや、流行語芸人が陥る共通の消費構造があった。ただ、彼はそのまま消え去る道を選ばなかった。