1980年代半ば、日本のダンスフロアにはユーロビートの巨大な波が押し寄せていた。新宿や六本木のディスコを中心に、シンセサイザーと打ち込みによるハイエナジーなダンスミュージックが若者たちを熱狂させていたのだ。『CHA-CHA-CHA』のヒットは、そうしたアンダーグラウンドなクラブカルチャーの熱量を、お茶の間のメインストリームへと一気に接続した。
従来の昭和歌謡が持っていた叙情性やフォークソング的な哀愁から、ビート主導の洋楽的構造へ。この楽曲が切り開いた地平は、後の小室哲哉ブームや1990年代以降に本格化するJ-POPの確立に向けた、決定的な布石となった。