シンガポールの目覚ましい成功の一方で、リー・クアンユーの統治手法には常に欧米のリベラル派からの厳しい批判がつきまといました。その政治体制はしばしば「開発独裁」と定義されます。
作家ウィリアム・ギブスンが1993年に米誌『WIRED』に寄稿したルポ「死刑制度のあるディズニーランド」に象徴されるように、日本国内でもシンガポールは「明るい北朝鮮」と揶揄されることがあります。この由来は、高度な経済的繁栄と清潔な街並みの裏側に、徹底した監視カメラ網、チューインガムの持ち込み禁止やポイ捨て・落書きへの重罰(鞭打ち刑)、野党勢力やメディアへの厳しい法的統制が存在することにあります。
しかし、汚職まみれで破綻していった多くの発展途上国の独裁政権とは異なり、リー・クアンユーの統制は「私利私欲のためではなく、国家の生存と繁栄のため」に捧げられました。自由を一定程度制限する代わりに、世界最高峰の治安、教育、医療、富を国民に還元したという点で、今なお国際政治学における最も興味深い統治モデルとして議論が続いています。