かつて日本型雇用慣行は「終身雇用」と「年功序列」という分厚い岩盤に守られていた。それを一気に突き崩したのが、2000年代初頭の小泉政権下で断行された「聖域なき構造改革」だった。その舵取りを担ったのが竹中平蔵氏である。製造業への派遣解禁をはじめとする労働者派遣事業の規制緩和は、企業の国際競争力を高めるための「雇用の流動化」として高らかに宣伝された。
経営者層は人件費を固定費から変動費へと切り替えられる自由を手に入れた。景気の調整弁として非正規労働者を重用し、業績の急変にも耐えうる身軽さを獲得したのだ。だが、その代償はあまりにも重かった。若年層を中心にワーキングプアと呼ばれる低賃金層が固定化し、結婚や子育てを諦めざるを得ない構造的不平等が日本社会に深く根を下ろすことになった。日本経済を再生させた起死回生の処方箋だったのか、それとも中間層を解体した劇薬だったのか。その評価はいまだ二極化したままだ。