現在50代後半を迎えてなお若々しい中山秀征ですが、10代後半から20代前半にかけてのビジュアルは、現在のK-POPアイドルや若手実力派俳優に引けを取らないほどの美少年でした。群馬県から単身上京し、1981年に名門・渡辺プロダクションの門を叩いた中山は、当初から端整な顔立ちと涼しげな目元で業界関係者の目を引いていました。
決定的な転機となったのが、1984年に松野大介とお笑いコンビ「ABブラザーズ」を結成したことです。翌1985年、フジテレビ系の昼の生放送バラエティ『ライオンのいただきます』のアシスタントに抜擢されると、瞬く間に全国の女子中高生の間で人気が爆発。当時のスタジオアルタ前には連日、中山秀征の姿を一目見ようと数千人規模のファンが押し寄せ、警備員が出動する騒ぎに発展しました。
当時の芸能界において、「お笑いタレント」と「アイドル」の境界線は明確に分かれていました。しかしABブラザーズ、とりわけ中山秀征は、爽やかな笑顔と抜群のスタイル、そして軽妙洒脱なトークスキルを兼ね備えていたことで、お笑い第3世代の夜明け前における特異なポジションを確立します。関係者の証言によると、バレンタインデーには所属事務所に4トントラック数台分ものチョコレートやファンレターが届き、事務所の廊下が完全に埋まったという伝説が残されています。
なぜここまで熱狂的な支持を集めたのか。そのアイドル的人気の理由は、従来のコメディアンが持っていた「泥臭さ」を完全に排除し、原宿系ファッションをスマートに着こなす「身近にいそうで絶対にいないクラスの憧れの男子」というポジションを完璧に体現していた点にあります。雑誌のグラビアやピンナップを単独で飾り、ブロマイドの売り上げが男性アイドル部門で上位に食い込むなど、まさに社会現象の名にふさわしい全盛期でした。