もうひとつ、「息子」というキーワードが浮上する大きな要因がある。それが、仲代夫妻が1975年に私財を投じて設立した俳優養成所「無名塾」の存在だ。ここから巣立った数多くの塾生たちを、仲代は単なる弟子ではなく、我が子のように慈しみ育ててきた。
その筆頭格が役所広司である。市役所勤務から一転、無名塾の門を叩いた若き日の彼に、仲代自ら芸名を授け、徹底したリアリズム演技を叩き込んだ。役所広司が無名塾で学んだ日々を「父親以上に厳しい目で、しかし誰よりも深い愛情で見守ってくれた」と述懐するように、塾生たちにとって仲代は厳格な師であり、精神的な父親そのものだった。世間が嗅ぎ取った「息子の気配」とは、まさにこうした愛弟子たちとの間に流れる、血よりも濃い師弟の絆だったと言える。