志村けん(本名:志村康徳)さんの原点を語る上で欠かせないのが、東京都東村山市で育った厳格な家族構成です。志村家は小学校の教頭を務めた厳格な父・憲司さんと、誰よりも志村さんの大ファンで支え続けた母・和子さん、そして2人の兄(長男・知之さん、次男・美佐男さん)という5人家族でした。
父の憲司さんは非常に厳しく、家庭内は常に緊張感に包まれていましたが、唯一テレビの漫才やお笑い番組が流れている時だけは笑顔を見せました。その姿を見た少年時代の志村さんが「人を笑わせる仕事の凄さ」を知り、コメディアンを志す原体験となったことは有名なエピソードです。
長男の知之さんは東村山市役所に勤務し、定年後も地元の名物職員として親しまれ、志村さんが亡くなった際にも親族代表として気丈に対応しました。志村さんが家族を大切にし、自身のルーツである東村山を生涯愛し続けた背景には、この温かい家族の絆がありました。