ネット上やバラエティ番組の視聴者の間で「バッファロー吾郎とFUJIWARAは本当に不仲なのか」という疑問が長年投げかけられていますが、この問いに対する正確な結論は「バッファロー吾郎全体ではなく、木村明浩とフジモンの2名が完全に絶縁状態にある」というのが事実です。吉本興業の現場関係者や番組スタッフの間でも、この2人のキャスティングには細心の注意が払われてきました。
2人は吉本総合芸能学院(NSC)大阪校8期生として1989年に出会い、1990年代前半は毎日のように行動を共にする間柄でした。東京進出期や劇場の黎明期を共に駆け抜けた戦友であり、フジモン自身もかつて「一番仲が良かった」と公言していたほどです。しかし、ある時期を境に民放バラエティや吉本のイベントで2人が並び立つ姿は完全に消滅しました。
重要なのは、バッファロー吾郎の頭脳である竹若元博とFUJIWARA(フジモン・原西孝幸)の関係には何一つ軋轢がないという点です。竹若はFUJIWARAの冠企画やYouTube、各種トークライブでも変わらず共演を重ねており、確執はあくまで木村個人とフジモンの間で起きた感情の縺(もつ)れによるものです。メディアで「バッファロー吾郎とフジモンの不仲」とコンビ名で一括りに語られることが多い背景には、木村がコンビの顔として矢面に立っていた時期が長かった事情が関係しています。