松下賢次が遺した足跡は野球だけにとどまらない。春の風物詩であるマスターズ・トーナメントの中継で見せた情緒豊かな描写もまた、ファンの心に深く刻まれている。深夜から早朝にかけての生放送。静まり返るオーガスタ・ナショナルの張り詰めた空気、パットが決まった瞬間の大歓声、そして敗者の落胆。それらを的確な語彙で紡ぎ出す背景には、狂気的とも言える下準備があった。
日本野球機構のグラウンドでも、ゴルフのクラブハウスでも、彼の取材ノートは常にびっしりと書き込まれたデータと選手の内面描写で埋め尽くされていた。名調子とは単なるアドリブではなく、膨大な取材と観察の裏付けがあって初めて成立する芸術だったのだ。