1970年、ハスキーな低音と凄絶な眼差しで時代の寵児となった藤圭子。『圭子の夢は夜ひらく』に代表される彼女の歌声は、従来の歌謡曲の枠組みを軽々と踏み越え、社会の底に渦巻く孤独や哀歓をありのままにすくい取っていた。戦後日本の影を背負い、魂を削りながら歌う姿は大衆の熱狂を呼んだ。
それから約30年後、娘の宇多田ヒカルが放った研ぎ澄まされたR&Bのリズムとモダンな旋律。一見すると対極のスタイルに思える。だが、マイクに乗る繊細な息遣い、日本語の母音に宿る深い陰影、そして聴き手の胸を掴んで離さない「声の説得力」において、二人のDNAは間違いなく直結していた。母が命がけで削り出した情緒の深淵は、形を変えて娘のポップミュージックの中に息づいている。