私生活においても、藤圭子の人生は波乱に満ちていました。1971年に歌手の前川清と結婚するも、わずか1年で離婚。その後、1979年に一度芸能界を電撃引退して渡米します。そこで運命的な出会いを果たしたのが、後に宇多田ヒカルの父となる音楽プロデューサーの宇多田照實でした。
2人は1982年に結婚し、翌1983年にニューヨークで長女・光(宇多田ヒカル)が誕生します。しかし、夫妻の関係は極めて激しいものでした。報道によると、2人は生涯で通算7回もの離婚と再婚を繰り返すという特異な夫婦関係を築いていました。激しい衝突を繰り返しながらも、音楽制作においては固く結ばれ、1990年代には家族3人で音楽ユニット「U3」を結成。ニューヨークのスタジオで日々音楽作りに没頭する生活を送っていました。
幼い宇多田ヒカルにとって、スタジオのソファで眠り、日常的に両親のハイレベルな音楽制作風景を目の当たりにする環境こそが、世界水準の音楽センスを育む土壌となりました。