有吉佐和子の名前を検索すると、時に「奇行」「ヒステリー」「激しいバッシング」といった不穏なキーワードを目にすることがあります。昭和後期のワイドショーや週刊誌メディアは、彼女の歯に衣着せぬ発言や行動をスキャンダラスに書き立てました。
しかし、その実態を丁寧に紐解くと、当時の男性中心社会であった文壇やマスコミに対する、彼女なりの徹底した抗議とプロ意識の表れであったことが分かります。
特に『複合汚染』の連載時、巨大な化学メーカーや関連学会から「科学的根拠に乏しい」「主婦を煽る感情論だ」と猛烈な批判を浴びせられました。これに対し有吉は、国内外の学術論文を自ら読破し、農家や研究所の現地へ何度も足を運んで反論のデータを積み上げました。感情論で片付けようとする権威に対して一歩も引かなかった姿勢が、既得権益側からのネガティブキャンペーンを招いたのです。
また、晩年に見られた極度の興奮状態や電話魔としてのエピソードも、不眠と過労、そして睡眠薬の副作用が重なった結果であり、決して人格破綻や精神異常などではありませんでした。彼女は生涯を通じて、欺瞞に満ちた社会と正面から戦い抜いた誠実なジャーナリストだったのです。