二人の交際が深まるにつれ、現実的な代償の支払いは避けられないものとなった。2008年、小林武史とakkoの離婚が正式に成立。長年にわたり音楽的パートナーとしても私生活の伴侶としても歩みをともにしてきた二人の破局は、1990年代のJ-POP黄金期を象徴するユニットの終焉を意味していた。
世間からの風当たりはさらに強まった。一青窈には「家庭を壊した女」というレッテルが貼り付けられ、ワイドショーや週刊誌の過熱報道は留まるところを知らなかった。音楽番組への出演減少やCM契約の打ち切りなど、表舞台での活動には少なくない制約が課されることとなった。
それでも二人は手を放さなかった。小林が主宰する野外音楽フェス「ap bank fes」のステージや各種チャリティプロジェクトにも一青窈が参加するなど、公私にわたるパートナーシップを誇示するかのように活動を継続。世間の冷ややかな視線を浴びながらも、二人は自分たちだけの世界を強固に構築していった。