時計の針を2012年に戻してみる。その年の6月、勘三郎は定期健診で初期の食道がんを発見したことを公表した。ステージは「I」に近い段階とされ、早期発見の部類に入っていた。誰もが「彼ならすぐに戻ってくる」と信じて疑わなかった。
7月に都内の病院で食道切除手術が行われ、手術自体は無事に成功。しかし、悪夢は術後に待っていた。8月に入ると、手術の合併症から肺炎を発症。そこから容態は急速に悪化し、肺の機能が著しく低下する重篤な状態へと陥っていったのである。最終的には人工肺(ECMO)を装着しての懸命な治療が続けられたが、その甲斐なく、12月に息を引き取った。