インターネット上の質問掲示板やSNS上では、「お腹が激痛だったけれどロキソニンを飲んだら痛みが引いたので病院に行かずに済んだ」「痛む場所がピンポイントで分かるときは強力な市販鎮痛薬で散らすのが正解」といった極めて危険な誤解が後を絶ちません。しかし、この安易な自己処置こそが、臨床現場で外科医が最も警鐘を鳴らす落とし穴です。
メカニズム上、ロキソプロフェンナトリウムやイブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、痛みの元となるプロスタグランジンの産生酵素(COX)を強力に阻害します。そのため、体性痛に対しては劇的な鎮痛効果を発揮します。実際に、骨折や打撲、あるいは初期の壁側腹膜の炎症による鋭い体性痛であっても、NSAIDsを服用すれば一時的に痛みが半分以下に抑えられてしまうケースが珍しくありません。
ここに致命的な罠が存在します。「痛みが引いたこと」と「体内の炎症や穿孔が治癒したこと」は全くの別問題だからです。市販の鎮痛薬によって痛覚シグナルが人為的にマスキング(遮断)された結果、本来であれば一刻を争う緊急手術が必要な急性腹症の兆候が見落とされ、気づいたときには虫垂が破裂して腹腔内に膿が充満していたという事態が毎年報告されています。厚生労働省の急性期医療データや外科学会の報告でも、腹膜炎発症から手術までの待機時間が24時間を超えると術後合併症発生率が跳ね上がることが示されています。
さらに、NSAIDsの過剰連用は胃粘膜の血流を阻害し、胃潰瘍や十二指腸潰瘍を誘発・悪化させる原因にもなります。「胃が痛いから」とNSAIDsを重ねて服用し、結果として消化管穿孔を引き起こして致命的な体性痛を自ら作り出してしまうという皮肉な医療事故すら現実に起きているのです。