津山を拠点とするコレクティブ「PARTY GUN PAUL」の看板として頭角を現した彼のスタイルは、黎明期から決定的に異質だった。昭和歌謡や演歌の持つ情念、こぶしの効いた節回しをヒップホップのビートに落とし込むその手法は、いつしか「演歌ラップ」という独自の形容で語られるようになる。だが、本人は決して安易なクロスオーバーを狙ったわけではない。路地裏の生活、拭いきれない葛藤、義理と人情。自らの生き様をありのままに吐き出した結果が、あの唯一無二の響きだった。
インディーズ流通の雄であるULTRA-VYBEを通じて全国へ届けられたデビューアルバム『紅桜』は、ジャパニーズ・ヒップホップの潮流に決定的な楔を打ち込んだ。洗練された都会的なサウンドが台頭するなか、土埃と汗の匂いが染み付いたこの一枚は、地方都市のリアルを克明に記録した歴史的名盤として今なお語り継がれている。