旅先から戻った清が机に向かうと、下絵も描かずに色紙を細かくちぎり、ピンセットや指先を使って狂気的な密度で画面を埋め尽くしていった。花火大会の閃光、桜島から立ち上る噴煙、ヨーロッパの石造りの街並み。そのどれもが、写真すら見ずに脳内の記憶映像だけを頼りに再現された。
かつて日本美術界は、清の作品を「障害者の素朴画」あるいは「日曜画家の延長」として周縁部に追いやる傾向があった。しかし現在、その評価軸は根底から覆っている。正規の美術教育を受けず、自己の内なる衝動のみに従って生み出された清の作品は、世界的な文脈における「アウトサイダー・アート」あるいは「アール・ブリュット」の極致として熱狂的な再評価を受けている。
切手の切れ端や雑誌の古紙を巧みに利用した色彩のグラデーション、気の遠くなるような反復作業が生むテクスチャー。それは素朴どころか、恐るべき執念と計算の上に成り立つ高度な抽象と具象の融合であり、観る者の視神経を直接揺さぶる力に満ちている。