色川武大氏は、昭和のアウトロー文学を牽引した不世出の表現者です。裏社会の息遣いを鮮烈に描いた『麻雀放浪記』をはじめとする阿佐田哲也名義のピカレスク小説で大ブームを巻き起こす一方、本名の色川武大としては『離婚』で第79回直木賞を、『狂人日記』で読売文学賞を受賞するなど、純文学の世界でも最高峰の評価を獲得しました。
その華々しい文業の裏で、色川氏は重度のナルコレプシー(特発性過眠症)という持病と終生闘い続けていました。対局中や執筆中、会話の最中であっても突如として強烈な睡魔に襲われ、昏々と眠り込んでしまう奇病です。この過酷な日常を誰よりも理解し、深い慈愛で支え続けたのが妻の孝子さんでした。孝子夫人は、夫の予測不能な睡眠や奇行をすべて受け入れ、無頼の作家が安心して帰れる絶対的な港であり続けました。伊集院氏は、色川夫妻の深い絆を間近で目撃することで、人を愛し続ける覚悟の尊さを学んでいったのです。