この慣習は、初代将軍徳川家康が開いた江戸幕府の法体系の中で徐々に制度化されていった。幕府は社会秩序の維持を最優先課題とし、男女の離別や再婚をめぐるトラブルが紛争へ発展するのを極力防ごうとした。そのため、離縁には必ず書面による証拠を義務付けたのだ。
妻が実家に連れ戻されたり、実家へ帰されたりしても、夫から正式な離縁状が交付されない限り、法的な離婚は成立しなかった。もし夫が発行を拒んだり、怠ったりした場合は、奉行所から咎めを受けることもあった。男性優位の社会構造であったことは事実だが、無秩序な別離を防ぎ、再婚の権利を明文化するための行政的ツールとして三行半は機能していた。