入門時、二人が身を置いたのは父が率いる名門・藤島部屋だった。後に二子山部屋へと看板を変えるこの稽古場は、当時「角界随一の厳しさ」と恐れられた場所である。父親であり師匠でもある貴ノ花利彰は、我が子に対して誰よりも過酷な指導を課した。周囲から「贔屓している」と囁かれることを極端に嫌ったためだ。
土俵の上では親子も兄弟もない。1995年11月場所、史上初となる「兄弟による優勝決定戦」が実現した瞬間、その厳格な掟は極限に達する。兄の花田虎上(3代若乃花)が勝利を収め賜杯を手にしたが、敗れた弟の目には言いようのない複雑な感情が宿っていた。同部屋ゆえに本割では絶対に戦うことのない二人が、ただ一度だけ本気で激突したあの一番。あれこそが、互いの相撲道が決定的に分岐した瞬間だったと証言する関係者は少なくない。