事件直後の取調べで加藤が口にした「世の中に嫌気がさした」「誰でもよかった」という言葉は、無差別殺傷の冷酷さを象徴するフレーズとして一人歩きしました。しかし、警察の捜査および公判の進展によって浮き彫りになった事件の真相は、携帯電話向けネット掲示板への病的な依存と居場所の喪失でした。
事件当時、派遣社員として自動車工場で働いていた加藤にとって、現実世界における人間関係は希薄であり、精神的な拠り所となっていたのは特定の携帯電話専用掲示板でした。加藤はそこで毎日のように自虐的な投稿や日常の愚痴を書き込み、他の利用者からの反応(レスポンス)を得ることで、かろうじて自己承認欲求を満たしていたのです。
しかし、事件の数週間前から掲示板内で異変が生じます。加藤のハンドルネームを騙る「なりすまし」が出現し、自身が投稿しても周囲から無視(スルー)される事態が続発。ネット空間における唯一の「居場所」を奪われたと感じた加藤は激しい孤立感と屈辱感を募らせていきました。
「掲示板の住人たちに自分の存在を思い知らせてやる」「本気で暴挙に出れば、誰一人として自分を無視できなくなるはずだ」という歪んだ報復心が犯行動機の核となりました。加藤は犯行当日の朝から、レンタカーを借りて秋葉原に向かう道中まで、掲示板に犯行予告と実況中継を繰り返し書き込み続けました。つまり、現実の被害者たちに向けられた殺意は、「ネット掲示板の住人に振り向いてもらうための手段」に過ぎなかったという、身勝手極まりない心理構造が裁判で明らかになっています。