インターネット上の言説において、『青葉城恋唄』はさとう宗幸単独の作品として語られがちですが、ヒット当時は研ナオコをはじめとする複数アーティストとの激しい競作劇が存在していました。
当時、楽曲の持つ圧倒的なポテンシャルに目をつけた大手レコード会社各社が動き、研ナオコ盤がほぼ同時期にシングルリリースされるという異例の事態が発生しました。一部のネット噂では「権利をめぐる確執があったのではないか」と邪推されることもありますが、実際には制作者・星間船一の純朴な詩の世界をリスペクトしつつ、音楽業界が挙ってその名曲性を認めた結果としての競作でした。
最終的に、さとう宗幸本人の飾らない人柄と、宮城の空気感をそのまま宿した素朴な歌声が圧倒的な大衆の支持を集め、ミリオンヒットへと結実したというのが歴史的事実です。