野生の動物を見渡しても、ヒトのように「生殖可能年齢を終えてから何十年も生きる」生物は極めて稀だ。チンパンジーをはじめとする霊長類でさえ、子どもを産めなくなれば間もなく生涯を閉じる。この不可解な現象に挑んだ論考が、同じく話題を呼んだ『なぜヒトだけが老いるのか』である。
かつて日本遺伝学会の会長も務めた知見から紡ぎ出されるのは、ヒトにおける老化のポジティブな存在意義だ。ヒトの脳は巨大化し、次世代が自立するまでに莫大な学習期間を要するようになった。そこで必要とされたのが、生殖の前線を退き、知識や文化を継承し集団を支える「シニア層」の存在だった。生物学的に見れば、ヒトの長寿と老化は、高度な共同体を維持するために進化が後天的に組み込んだ傑作の生存戦略にほかならない。