「まる八」は一般的に「まるはち」と読みます。丸の中に漢数字の「八」を配した意匠は、特に愛知県名古屋市および東海地方において、極めて象徴的な意味を持っています。
その歴史的起源は江戸時代初期にまで遡ります。尾張徳川家第2代藩主である徳川光友が、藩の公用印判(合印)として用いたのが始まりとされています。「八」という文字が選ばれた理由には諸説存在しますが、代表的な背景として以下の点が挙げられます。
・末広がりの縁起:下に向かって広がる「八」の形状が、家運隆盛や地域の永続的な繁栄を表す吉数であること。
・尾張八郡の象徴:当時の尾張国を構成していた愛知・春日井・丹羽・葉栗・中島・海東・海西・知多の「八郡」を統括する証。
・八事山の縁起:尾張藩と縁の深い大本山八事山興正寺の建立にちなむ説。
明治40年(1907年)10月、名古屋市会においてこの伝統ある意匠が正式に名古屋市の市章として制定されました。現在でも市バスやマンホールの蓋、公的施設など市内の至る所で見ることができ、地元住民にとって誇り高いシンボルマークとなっています。