シングル選手としてキャリアをスタートさせた木原だったが、成長とともに競技人生の壁にぶつかる。そこへ転心のアドバイスをもたらしたのが日本スケート連盟だった。男子シングルからペア競技への転向。それは、これまで積み上げてきた技術や経験をリセットし、未知の領域へ踏み出すことを意味していた。
肩の脱臼や腰の負傷など、度重なる怪我にも苦しめられた。肩が外れる激痛に耐え兼ね、引退の二文字が頭をよぎった夜もあった。そんな試練の最中、父・博文氏は過度な助言を避けつつも、「自分が納得するまでやりきりなさい」と背中を押し続けた。挫折の淵から這い上がる力を与えたのは、父の変わらぬ信じる心だった。