日本漫画界において、なぜモンキー・パンチだけがこれほど突出して洋画的な雰囲気を纏っていたのでしょうか。その決定的なルーツは、青年期に触れたアメリカン・コミックス(アメコミ)と米国カルチャーにあります。
北海道から上京し、メディカルセンターでレントゲン技師助手として働きながら漫画を描いていた時代、彼は米軍基地関係のルートなどを通じて米国の伝説的風刺雑誌『MAD』と巡り合いました。そこで最大の衝撃を受けたのが、同誌を代表する巨匠モート・ドラッカー(Mort Drucker)の描く風刺似顔絵と滑らかな筆致でした。
当時の日本の漫画界は、手塚治虫に代表される記号的な丸みを帯びたキャラクター造形か、劇画運動による濃密で重厚なリアリズムの二極化が進んでいました。しかし、モンキー・パンチはそのどちらとも異なる道を歩みます。モート・ドラッカーの線画から学んだ、「太い輪郭線と繊細なハッチング(平行線による陰影表現)」、そしてジャック・デイヴィスらのダイナミックな身体表現を徹底的に研究し、独自の漫画表現技法として日本向けに再構築したのです。
ペン先を寝かせて生み出される掠れ(かすれ)のある線、アメコミ特有のダイナミックなフカン・アオリのアングル、欧米のグラフィックデザインを思わせるベタ(黒塗り)の配置など、画面全体から漂うスモーキーなジャズの香りは、まさにアメコミの強い影響によって開花したものでした。