「本場の麻婆豆腐はどちらの豆腐を使うのか」という疑問に対し、四川料理の歴史を紐解くと明確な背景が見えてきます。四川省・成都で生まれた元祖・麻婆豆腐で伝統的に使われてきたのは、水分が少なく大豆の風味が力強い「老豆腐(ラオドウフ)」と呼ばれる、日本の木綿豆腐に近い硬い豆腐です。痺れる辛さの「麻辣(マーラー)」とたっぷりの油に負けないよう、崩れにくく大豆の味が濃い豆腐が選ばれてきました。
一方、日本で「麻婆豆腐=絹ごし豆腐」のイメージが強く定着した背景には、日本の中華料理の礎を築いた陳建民氏の功績があります。1950年代に麻婆豆腐を日本へ紹介した際、当時の日本人の嗜好に合わせ、辛味を抑えて柔らかい絹ごし豆腐を使ったマイルドな仕立てを考案しました。このアレンジが『きょうの料理』などのテレビ番組を通じて爆発的に普及したのです。
さらに息子の陳建一氏は、父が広めた家庭的な絹ごしの美味しさを継承しつつ、四川本場の花椒を効かせた本格麻婆豆腐には木綿豆腐を推奨するなど、両方の魅力を発信し続けました。日本の麻婆豆腐は、本場の「木綿派」と家庭に根付いた「絹ごし派」の双方が独自に進化を遂げた豊かな食文化を持っています。