事件発生直後から、和歌山県警察の捜査本部は異例の長期捜査を余儀なくされた。現場となった田辺市の豪邸には防犯カメラが多数設置されていたものの、室内の決定的な瞬間を捉えた映像はなく、覚醒剤の入手ルートの特定にも膨大な時間を要した。
捜査陣は延べ数千人に及ぶ関係者の聴取を行い、東京都内の密売人ネットワークや被告の足取りを徹底的に洗った。その結果、被告が事件前に密売人と接触していた状況証拠を積み上げたものの、「野崎氏の口に毒物を入れた」という直接証拠=いわゆるスモーキング・ガン(動かぬ証拠)は最後まで発見されなかった。
覚醒剤の経口摂取による中毒死は、法医学的にも極めて珍しい。強い苦味を持つ覚醒剤を、味覚に敏感な大人が気付かずに飲み干すことが可能なのか。酒に混ぜたのか、あるいは別の食品に偽装したのか。捜査本部が突き当たった科学鑑定の限界と、完全犯罪を目論んだとされる周到な手口の検証は、日本の警察捜査における間接証拠収集のあり方に大きな課題を投げかけることとなった。