文学的成功を手に入れ、経済的にも自立した50代を前にして、彼女の心に巣食っていたのは虚無だった。どんなに書いても、どれほど男たちと愛を交わしても埋まらない魂の飢餓感。1973年、51歳を迎えた彼女は突如として髪を剃り落とし、世間を再び驚愕させる。当初はキリスト教への入門も考えたが叶わず、作家・今東光の手引きによって天台宗での得度を果たし、「寂聴」という法名を授かった。
京都・嵯峨野の地に居を構えた寂庵は、彼女にとって世俗の愛憎を洗い流し、他者の苦悩を受け止めるための聖域となった。出家とは、現実逃避でも愛の清算でもなく、己の持てるすべての情熱を「他者への慈悲」へと転換するための命がけの跳躍だった。若い頃に地獄のような愛の修羅場をくぐり抜けてきた彼女だからこそ、寂庵に集う市井の人々の弱さや愚かさを、誰よりも深く、温かく抱きしめることができたのだ。