偉大な祖父・三國連太郎、そして日本映画の第一線に君臨し続ける父・佐藤浩市。寛一郎を取り巻く環境は、常人では計り知れないプレッシャーに満ちていたはずだ。幼少期から映画の撮影現場が身近にあり、父や祖父の背中を見て育った彼だが、最初から役者を目指していたわけではない。高校卒業後、自らの進路に悩み、表現の世界へと足を踏み出す決意を固めたのは19歳の時だった。
母である広田亜矢子をはじめとする家族も、彼の決断を温かく見守ったという。幼い頃、祖父・三國連太郎からは「役者にはなるな」と言われたエピソードも残るが、それはこの職業の残酷さと過酷さを誰よりも知っていたからこそ。血脈という抗えない運命を受け入れつつも、寛一郎は偉大な父や祖父の影に隠れることなく、自分だけの演技の地平を模索し始めた。