静岡市駿河区に建つ旧マッケンジー邸を深く理解するうえで欠かせないのが、施主であるダンカン・J・マッケンジー(Duncan J. Mackenzie)と、その妻エミリー・M・マッケンジー(Emily M. Mackenzie)の足跡です。1918年(大正7年)に来日したダンカンは茶商として静岡茶の対米輸出に尽力し、地域産業の国際化に大きく貢献しました。
一方、エミリー夫人は私財を投じて乳児院「白の家」や母子寮の設立支援を行うなど、静岡の社会福祉事業に生涯を捧げた人物として知られています。当時の記録や関係者の手記には、「常に地域の人々に寄り添い、困窮する母子を無条件で迎え入れた」という温かな人柄が記されています。
この邸宅が竣工したのは1940年(昭和15年)。日米開戦の前年という極めて緊迫した国際情勢のなか、夫妻の理想の終の棲家として建てられました。戦局の悪化に伴い夫妻は一度カナダへ強制送還されますが、戦後の1948年に再び静岡の地へ帰還。占領軍に接収されていた愛器の家を買い戻し、ダンカンが亡くなる1951年までこの家で暮らしました。
ダンカンの死後、エミリー夫人は1972年に帰国する際、敷地の一部を社会福祉事業のために寄贈。その後、残された土地と建物も静岡市が取得し、1997年(平成9年)12月に国の登録有形文化財として登録され、市民の貴重な文化遺産として守り継がれています。