ふたりの出会いは、京都明徳高等学校(現・明徳高等学校)時代にさかのぼります。今いくよ・くるよの若い頃は、お笑いとは無縁の本格的な体育会系でした。ソフトボール部に所属し、いくよさんがピッチャー、くるよさんがキャッチャーとしてバッテリーを組んで国体準優勝を果たすほどの猛者だったのです。
卒業後、いくよさんは大手電機メーカーのOLとして勤務し、くるよさんは実業団の強豪・日本電装(現・デンソー)で実力派キャッチャーとして活躍していました。しかし、一度きりの人生でお笑いの道へ進みたいという情熱を抑えきれず、くるよさんがいくよさんを熱心に誘い、1970年(昭和45年)に島田洋之介・今喜多代の門を叩くことになります。
当時の吉本興業における師弟関係は完全な徒弟制度であり、女性の弟子入りは極めて異例でした。当初は周囲から「女の子に漫才師が務まるわけがない」と反対の声もありましたが、ふたりの熱意と礼儀正しさに打たれた喜多代師匠が弟子入りを快諾。厳しい下積み修行の日々が幕を開けました。