事件発生後、京都府警は大規模な捜査本部を立ち上げ、目撃証言や遺留品をもとに犯人の行方を追いました。事件から約1か月後の2000年1月、捜査線上に浮上したのが当時21歳の浪人生の男でした。
しかし、捜査員が男の所在を確認し任意同行を求めた直後、男は逃走を図り、京都市内の集合住宅の屋上から飛び降りて自ら命を絶ちました。このため、警察や検察による詳細な直接取り調べを行うことは永遠に不可能となり、京都小学生殺人事件の真相は暗い闇に包まれることになったのです。
後に警察の捜査や押収された日記、生活記録などから浮かび上がった京都小学生殺害事件における犯人の動機は、極めて自己中心的かつ歪んだ心理状態でした。男は受験の失敗や将来への絶望感、社会に対する強い不満と孤立感を募らせており、「誰でもいいから殺して自分も死にたかった」「抵抗できない弱い子どもを狙った」という趣旨のメモを残していました。
未成年犯罪や青年層による無差別凶行において、しばしば議論される司法精神鑑定の機会すら失われたまま、被疑者死亡で事件は幕を閉じました。精神的な破綻や社会的不適応がなぜ無抵抗な小学生への殺意へと直結したのか、その心理的メカニズムは現在でも犯罪心理学者や捜査関係者の間で検証が続けられています。