孤独死現場の報道を目にする機会は増えたが、その核心部分――遺体がどのように変化し、空間がどう変貌するのか――は常にモザイクの向こう側に隠されてきた。警察からの「ご遺体は見ないほうがいいかもしれません」という一言。それが遺族の胸に落とす影は想像以上に重い。見送りたい、最後にひと目会いたいという肉親の情念と、耐え難いショックから身を守りたいという防衛反応が激しく衝突する。
結果として、人々はスマートフォンの画面に答えを求める。文字だけの説明では到底埋まらない空白を、視覚情報で埋めようと試みるのだ。しかし、検索アルゴリズムが吐き出す画像は、法医学的な資料から悪質なまとめサイトの無断転載まで混沌を極めている。そこにあるのは個人の尊厳ではなく、ただの刺激物として消費される死の断片に過ぎない。