姫路獨協大学の将来を語る上で避けて通れないのが、数年間にわたり地元政財界を巻き込んで紛糾した姫路市への公立大学法人化の経緯です。事の発端は、18歳人口の急減に伴う志願者減少と定員割れに危機感を募らせた学校法人獨協学園側が、姫路市に対して大学の設置者を市が設立する公立大学法人へ移管するよう正式に要望したことでした。
もともと同大学は1987年、姫路市が用地や建設費の一部(約100億円規模)を負担し、学校法人が運営を担う「公私協力方式」によって誕生した特別な背景を持ちます。そのため学園側としては「公立化による授業料引き下げと知名度向上で志願者を回復させ、地域医療・経済を支える拠点として再生する」というシナリオを描いていました。静岡県や山口県など、全国各地で私立大学が公立化によってV字回復を遂げた先行事例が追い風になると目されていたのです。
しかし、姫路市が設置した有識者検討委員会による徹底的な精査の結果、突きつけられたのは極めて厳しい現実でした。試算によると、大学を公立化して長期維持するためには、施設改修や運営費交付金として将来的に数百億円規模の市費負担が発生することが判明。さらに、既存の公立大学(兵庫県立大学など)との機能重複や、薬学部の著しい定員割れを税金で補填することへの市民感情・公平性の懸念が噴出しました。
最終的に姫路市の清元秀泰市長は、「多額の公金投入に見合う明確な長期的効果や市民の理解を得ることは困難」と断定し、公立大学法人化の受け入れを正式に断念しました。この決定により、同大学は「自治体による公立化救済」という選択肢を完全に断たれ、獨協学園の自力再建による構造改革を余儀なくされたのです。