長年勤め上げた日本放送協会(NHK)を離れる決断を下した当時、世間には様々な惑乱と憶測が飛び交った。安泰とされるポジションを捨て、あえてフリーアナウンサーという不安定な大海原へ漕ぎ出した背景には、組織内での役割に対する強い限界意識があったという。「自分の言葉で、もっと生々しい視聴者の感情に触れたい」——周囲の制止を振り切って踏み出した一歩は、彼女にとって保身を捨てた背水の陣だった。
組織の枠組みの中に留まっていれば味わうことのなかった孤独や責任感が、彼女のジャーナリストとしての皮膚感を研ぎ澄ませていく。民放テレビ局への進出は、単なる露出機会の拡大ではなく、自らの声をダイレクトに届けるための必然的な選択だったのだ。