幸福な結婚生活の歯車が狂い始めたのは2011年夏のことだった。当時、高岡が個人のTwitter(現X)上で投じたフジテレビの韓流偏重に対する批判投稿は、瞬く間に社会現象化し、日本の芸能界全体を震撼させる大騒動へと発展した。
テレビ局や大手スポンサーをクライアントに持つ芸能事務所にとって、所属タレントの先鋭的な発言は看過できないリスクだった。高岡は間もなく所属事務所を離脱。世論を二分する過熱報道のなかで、国民的女優としての立場を背負い続ける宮崎との間には、修復不可能な溝が生じていく。
東宝のメジャー作品やNHKの看板番組を背負う宮崎の側には、制作陣やCMスポンサーへの配慮が不可欠だった。価値観のズレと周囲からの巨大なプレッシャーは、やがて二人の絆を限界まで追い詰める。2011年12月、二人は4年半の結婚生活にピリオドを打った。当時のメディアが一斉に報じた電撃離婚は、単なる破局ではなく、テレビ・映画の枠組みと個人の自由な表現が正面衝突した象徴的事件だった。