看板キャスターとして一時代を築いた『めざましテレビ』の卒業は、彼女のキャリアにおける最大の転機だった。早朝3時前に局に入り、刻々と変わる最新ニュースを正確かつ温かみのある声で届け続けた日々。過酷なスケジュールをこなしながらも笑顔を絶やさなかった背景には、スタジオ内のスタッフ一人ひとりへの気配りと、徹底した原稿の下読みがあったという。当時を知る番組関係者は「画面には映らない部分での判断力と、アクシデントが起きた際の沈着冷静な対応こそが彼女の真骨頂だった」と振り返る。
退社後に所属した株式会社フォニックスでの活動を通じて、活動の場はさらに多角化していった。局アナという枠組みを飛び出し、表現者としての自由度を増したことで、彼女が得たものは「伝えることへのより深い探求心」だった。多忙な現場を離れて客観的にメディアと向き合う時間を得たことが、その後のキャスター人生に大きな深みをもたらす結果となった。