『枕草子』の冒頭、「春はあけぼの」のくだりはあまりに有名だ。だんだんと白くなっていく山際の空が、少し明るくなって、紫がかった雲が細くたなびいている様。清少納言は決して、壮大なスペクタクルを描こうとしたわけではない。
彼女が切り取ったのは、誰の目にも触れているはずなのに誰も言葉に留めなかった、日常のミクロなスライスだ。夏は夜の闇に光る蛍、秋は夕暮れに列をなして飛ぶカラス、冬は寒さに震えながら火桶を持って走る朝。もし彼女が現代に生きていたら、間違いなく秀逸なスナップショットを撮るストリートフォトグラファーになっていたはずだ。「いとをかし」の正体とは、ドラマチックな事件を待つのではなく、退屈に見える景色の裏側に潜むリズムを自分の視点で見つけ出す能力にほかならない。