青色Ledノーベル賞の全貌!不可能を可能にした3人の軌跡と現在

青色Ledノーベル賞の全貌!不可能を可能にした3人の軌跡と現在

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青色LEDの輝かしい成功の裏で、日本社会に大きな衝撃を与えたのが、中村修二氏と古巣・日亜化学工業の間で争われた日亜化学工業 裁判(職務発明対価請求訴訟)です。

中村氏は1999年に日亜化学を退社後、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)の教授に就任。2001年、青色LEDの基本特許(通称「404特許」など)の特許権譲渡の無効および発明対価の支払いを求めて提訴しました。会社側から支給された当時の発明報奨金が数万円程度だったことに対し、発明によって数千億円規模の利益を得た企業への対価として約200億円を請求したのです。

2004年の一審・東京地方裁判所は「発明者の貢献度は極めて高い」として日亜化学工業に200億円の全額支払いを命じる歴史的判決を下しました。最終的には2005年の東京高等裁判所における和解勧告により、約8億4000万円(遅延損害金等を含め約6億円相当の発明対価)の支払いで決着がつきました。

この特許訴訟の経緯は、単なる金銭闘争にとどまらず、日本の特許法第35条(職務発明規定)の法改正を促し、「研究開発者の知財価値とインセンティブ」を日本社会に再定義させる決定的な契機となりました。

池田 達也
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池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。