「島根の有名な食べ物といえば出雲そば」というイメージは全国的に定着しています。しかし、地元の飲食店主や食文化研究者への聞き取りを行うと、誰もが口を揃えて「そばは島根の食のプロローグに過ぎない」と証言します。東西約230キロメートルに及ぶ広大な県土は、気候も風土も歴史的背景も大きく異なり、食の体系そのものが地域ごとに独自の発展を遂げてきました。
松平不昧公によって花開いた城下町・松江の洗練された和菓子や茶の湯の食文化、北前船の寄港地として栄えた石見地方の保存食文化、そして出雲大社周辺で神饌(しんせん=神へのお供え物)から派生した儀礼食。これらがモザイク状に組み合わさっている点こそが、島根の食文化の際立った特質です。一過性の流行に左右されず、地元食材の持ち味を限界まで引き出す調理法が何世代にもわたって継承されています。