標高1000メートルを超える冬の軽井沢は、容容赦ない極寒の地だった。あさま山荘に立てこもった重武装の連合赤軍に対し、包囲網を敷いた警視庁や長野県警の機動隊員たちは、氷点下15度を下回る過酷な環境下で長時間の待機を余儀なくされていた。
当時、現場に配給されていたのは一般的な折り詰めのお弁当だった。しかし、寒さは人間の想像をはるかに超えていた。配給された弁当は現場に届く頃にはカチカチに凍りつき、ご飯は氷の塊と化していたのだ。箸を折る隊員が相次ぎ、無理に口に入れても腹を下す者が続出。体力を著しく奪われた現場は、文字通り食糧危機に直面していた。