ベトナム戦争の経緯を簡潔にまとめると、以下のようになる。
1954年のジュネーブ協定でベトナムは北緯17度線で分断された。南ベトナムを支援する米国は、1965年から本格的に地上軍を投入。ピーク時の1969年には約54万人の米軍がベトナムに展開していた(米国防総省公式データ)。しかし、北ベトナム軍と南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)のゲリラ戦に苦しみ、1968年のテト攻勢をきっかけに米国内の反戦運動が激化。1973年のパリ和平協定で米軍は撤収し、1975年4月30日にサイゴンが陥落した。
この戦争について、当時の特番インタビューや退役軍人の手記には生々しい証言が残っている。ある元米兵は「我々は敵の姿が見えない戦場で戦っていた。ジャングルの中では、最新の兵器も意味をなさなかった」と語っている。また、元国防長官ロバート・マクナマラは自著『マクナマラ回顧録』の中で、「我々は誤った前提に基づいて戦争を拡大した」と事実上の誤りを認めている。
ベトナム戦争 理由 真相としてよく指摘されるのは、「ドミノ理論」の誤りである。当時の米国政府は「ベトナムが共産化すれば、周辺国も次々と共産化する」と考えた。しかし実際には、ベトナム統一後もタイやマレーシアなどは共産化しなかった。この誤った戦略的前提が、長期泥沼化の根本原因だった。