精神科医として地域医療に携わっていた父親・田村修被告と、パートタイムで働きながら家庭を支えていた母親・田村浩子被告。なぜ社会的知性と倫理観を持つはずの大人が、娘の狂気とも呼べる計画を幇助し、遺体の頭部が自宅に置かれる異常事態を受け入れたのか。法廷では「共依存」という言葉では片付けられない、深淵な家庭内力学が浮き彫りとなった。
公判の証言によれば、父親は娘の機嫌を損ねることを極度に恐れ、娘の精神的安定を保つためなら違法行為すら厭わない心理状態に追い込まれていたという。犯行前の下見や刃物の買い出しに同行し、殺害実行中も現場近くの車内で待機していた父親の行動は、親心という美名で覆い隠された「破滅的な従属」であった。家族全員が娘の妄想的支配に巻き込まれ、現実世界の倫理規範から完全に孤立していく過程は、法廷傍聴席に重い沈黙をもたらした。