戦国ファンや歴史研究者の間では「いつ大河ドラマの主役になってもおかしくない」と評されながら、元親の単独主演作がいまだ誕生していない背景には、NHK大河ドラマ制作における特有の構造的ジレンマが存在します。
第1の要因は、「四国統一戦」という地理的スケールと中央政権との距離感です。元親の前半生は、土佐国内の一領主(岡豊城主)から安芸氏・一条氏を破り、阿波・讃岐・伊予へと勢力を広げる「四国平定劇」がメインとなります。この戦いは戦術的にも心理戦としても極めてドラマチックですが、織田信長や羽柴秀吉、徳川家康らが争う中央の主戦場(美濃、近江、京都周辺)から地理的に隔絶しています。全48回前後の通年放送を維持する際、視聴率の安定が求められる戦国大河において「畿内の主要武将がほとんど絡まない序盤〜中盤」をどう構成するかという脚本上の課題が常に立ちはだかります。
第2の障壁は、「後半生の過酷な悲劇性」が日曜夜のファミリー層向けドラマとして重すぎる点です。元親の人生最大の悲劇は、1586年の「戸次川(へつぎがわ)の戦い」で最愛の後継者・長宗我部信親を失ったことです。この痛恨の事件を契機に元親は精神の均衡を崩し、跡目争いから重臣や親族を処刑するなど暴君化の影を落とします。英雄の成功譚でカタルシスを得たい視聴者層に対し、終盤の鬱展開をどう描き切るかは極めてデリケートな問題です。
第3の課題は、関ヶ原の戦い・大坂の陣とのタイムラグです。元親自身は1599年、関ヶ原の戦いの前年に世を去っています。戦国ドラマのクライマックスとなる天下分け目の大戦において、主役がすでにこの世を去っている構成は、物語のエンディングとして収まりが難しいという制作上の制約を生んでいます。