人間の脳は、快楽を求めているのではない。生き延びるための行動に「快楽」という報酬を与えているだけだ。この冷徹な原則を突き止めたのが近年の認知神経科学である。視床下部が司令塔となり、ドーパミン、オキシトシン、セロトニンといった神経伝達物質を巧みに配分することで、私たちは飢えを満たし、休息を取り、生殖へと駆り立てられる。
かつて『NHKスペシャル 人体 神秘の巨大ネットワーク』が鮮烈に描いたように、欲求の発生源は脳単体にとどまらない。胃腸から分泌されるグレリンが脳へ「食え」と叫び、脂肪細胞からのレプチンがブレーキをかける。同時に、網膜が捉える光情報と体内時計がメラトニンを制御し、ホルモンバランスがリビドーを揺さぶる。臓器同士が交わす巨大な化学対話こそが、三大欲求の正体なのだ。
問題は、この精巧なシステムが「資源が極度に乏しかった数万年前」に最適化されたままである点に尽きる。高カロリーな脂質や糖分を目にした瞬間、脳の側坐核は猛烈にスパークする。「次にいつありつけるか分からない」という太古の恐怖が、満腹中枢をやすやすと突破させてしまうのである。